2005年04月15日

0-背景

ファング、悪名高き「死の罠の地下迷宮」で有名なこの町に、私が辿り着いたのは二日前のことだ。毎年恒例の迷宮への挑戦が来月にせまっていたため、街は興奮と喧騒に満ちていた。

そんな中で私はといえば、ここのところ不運続きで食事や宿代に必要な銅貨数枚にさえ困る有様だった。

私は青豚亭という宿屋の屋根裏にある雑魚寝部屋に宿を取っているが、同室の人間は私のような旅行者や、不運に見舞われて社会の底辺に追い込まれた連中ばかりだ。私は常に剣を枕の下に潜ませて寝ることにした。

ある晩、一人の客が部屋に入ってくると、私の対面の寝床にどさりと座り込んだ。
その大柄な男は外套に身を包み、月明かりの中、かろうじて両の眼が見て取れた。
塵と埃にまみれたその姿から、遠方から旅してきたようだ。

その男に興味をそそられた私は持っていた酒を勧めた。
男はヘンリー・ドラカーと名乗り、最近の冒険について、どのようにして伝説の宝の探索のなかで彼が危うく命を落としかけたかについて話し出した。

私は自然とその話に興奮し、彼にさらに酒を勧めた。
彼は5年もの間、宝石の目を持つ巨大な金竜の像を探し続け、ついに危険な地下迷宮に横たわる金の竜を発見した様を語った。彼は竜を見つけたときの喜びを思い出し微笑んだが、そのすぐ後に竜の目が失われていることに気づき、激しい怒りを覚えたと告げた。
両目のない状態のその竜の像に触れるものには、速やかな死が訪れると言われていたからだ。
彼はそのことに確証があったわけではないが、結局その場を後にした。
二つのエメラルドの目の探索を続けた彼だったが、洞窟で3mもあるような双頭のトロールに襲われ、命からがら逃げ出した。命拾いした彼は、宝と金を秤に掛け、命をとった。探索を断念したのだ。


ツキが回ってきた。
私は彼に、自分も同じような冒険者だと告げ、その探索を完遂させてやろうじゃないかと提案した。
彼もその話に乗ってきた。
私が無事、金竜の像を持ち帰ったら、売り払って儲けを折半するのだ。
「”死の罠の地下迷宮”に眠る全ての金をあわせたよりも価値のあるものだと請け負うぞ、折半しても十分すぎるほどの富だ。」彼は得心して言った。「俺の見積もりじゃあざっと金貨335,000枚は行く!」
だがこの話には、私が成功したとき必ず戻る保証が必要だ。
「その点ならあんたは気にすることはない、これを飲みな。」彼はそういって紫色の液体の入った小さな瓶を差し出した。

彼が言うには、この瓶の液体は遅延性の致死毒だというのだ。
これを飲んで14日以内に彼の元に戻り、解毒剤を飲まなければ死に至ると。
私はその瓶を引ったくり、彼を冷静に見つめると一息に飲み干した。

彼は地図を広げ、ダークウッドの森の樵小屋へと続く道を示した。
その中に地下迷宮へ通ずる落とし戸がある。
地図を説明し終わったところで、彼は私に迷宮に潜む多くの危険な生物や邪悪な住人について警告した。

全ての説明を終えると、彼は疲れきって眠りについた。
私はというと、眠ろうとしたものの眠りにつくことができず、待ち受ける危険な旅に想いをはせた。

朝になり、男は私に小さな皮袋を差し出した。
中には巨大なエメラルド製の”目”が一つ入っているではないか!

「おれは一つは見つけたのさ。もう片方をあんたが見つけることを願っているよ。さあ持って行きな。これが無くては意味が無いぞ。俺はここであんたを待とう。」
彼は真剣な表情で言った。
「覚えておかなけりゃいけないことは二つだ。一つは14日以内にここに戻ってくること。それを超えては駄目だ。二つ目は俺の渡した”目”の片割れを見つけ出し、竜に触る前に両目にはめ込むことだ。」


私は背嚢に食料を詰め、皮袋と金貨十枚を懐へ入れてヘンリー・ドラカーに別れを告げた。
「幸運を」彼は言った。「あんたにはそれが必要だろう。」
大柄で頭の禿げ上がった彼は、その手を伸ばし、私の手を握りつぶさないように握手をした。
その太った顔から氷のような青い瞳が私を注意深く見つめてくる。
彼は微笑んでいるにも関わらず、その瞳にあるなにかが、私に彼を信じることの不安と不本意さを感じさせる。
だが、今や私の気を変えるには遅すぎる!私は出立して一度だけ青豚亭の傾いだ通路を振り返って彼を見た。

金の竜は本当にあるのか。
私は本当に遅効性の毒に犯されているのか。
ヘンリー・ドラカーの何が私を不安にさせたのか。

確かなことは何日か後にはそれらの疑問が全て判明するだろうということだ。


さあページをめくりたまえ
端書
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